最後の夏  2004/7/26

グレースの飲む水の量が異常に多いと気付いたのは7月2日。
それまでは水を入れるボールがすっかり空になることなどなかったのに、
この日は何度もボールに水を入れてあげた。

翌日、早速獣医に行き、血液検査。
尿毒素は出ていないが、腎臓の数値がやや悪い。
赤血球も不足気味だと言う。
慢性腎不全の初期の段階ということで、
尿毒素を排出する薬と、シロップ状の造血剤を処方してもらった。
数年前から不整脈の薬を飲み、白内障の目薬もさしていたから、
まさに老犬病のオンパレードだ。
その上、肉をあまり食わせるなと言う。
その日から、ほとんどベジタリアン・ドッグと化した可哀想なグレース。
だけど、長生きするためだ。仕方があるまい。
まだまだ生きてもらわねば困るのだ。
そして7月9日、無事11歳の誕生日を迎えた。



今年の夏は異常な暑さだ。
人一倍暑がりで、心臓の悪いグレースには辛い夏だっただろう。
だけど、毎日夕方になると車に乗って、いつもの公園に行き、
wankoの飼い主さん皆にすり寄って挨拶をし、得意げに頭を撫でてもらい、
よその犬のボールを盗んでは、クルエラに怒られていた。
そりゃ年を取って走れなくなり、一抹の淋しさはあるけれど、
グレースは相変わらずボールを咥えて、公園を我が物顔に歩き回り、
青々と伸び切った芝生に、燦燦と降り注ぐオレンジ色の光。
それはいつもと変わりない夏の風景だった。



病気と診断されても、多飲多尿以外は何の症状もなく、
このまま病気とうまく付き合っていけるかなと思っていたのに、
7月も後半になり、グレースに何となく元気がないような気がして、
23日の午前中にかかりつけの獣医のところへ。
体重は減っていないし、熱もない。
心電図をとってもらったところ少し乱れはあるが、心配するほどではないと言われ、
膿皮症と外耳炎の注射だけしてもらって帰って来た。
今思えば、診察台に上がった時、グレースの足元がおぼつかなかった・・・。
そしてこの日も夕方になって、お散歩へ。
車に乗るのがしんどそうだったので、手を貸してあげた。
この日から悲しい結末に向かい、急ピッチでシナリオが書き出されていた。

23日午後7時半。
グレースご飯を食べ終わり、見るとお皿に食べ物のカスが残っている。
いつもはすっかり平らげて、お皿をピカピカにするのに。
おかしい。
明日もう一度獣医さんに注射を打ってもらいに行くから、
その時に血液検査もしてもらおうと心に決める。

9時頃、グレースがヨロヨロと、倒れた。
足に全く力が入らない様子で、立ち上がれない
すぐにかかりつけの獣医に電話するがつながらず、
最近出来たという動物救急病院に電話し、連れて行った。
レントゲン、血液検査の結果から、その獣医は肝臓が悪いのではと言う。
今はグレースがだるくてしょうがないという状態だと思うので、
とりあえずだるさをとって元気になる注射(痛み止めと少量のステロイド)をしてもらった。
尿検査もしてもらおうと思って、ヨロヨロしたグレースを駐車場に出すと、ウンチをした。
そしてまた、倒れた・・・今度は四肢を痙攣させて・・・。
死ぬのかグレース・・・。
バクバクと自分の心臓の鼓動が聞こえた。
すぐに発作を押さえる処置を施してもらい、ICUに入れられたグレース。
ガラスの箱の中で、大きく体を波打たせて呼吸している。
命に別状はないと言われ、そのままグレースを置いて帰ることになった。
家に戻り、眠れない夜を過ごした。

翌日24日、朝一で様子を確認すると、発作もおさまり落ち着いているとのこと。
その後迎えに来いと言う電話を待っていたが、待てど暮らせど電話がない。
午後2時になり痺れを切らして病院に押しかけた。
いた。グレース。
ガラスの箱の中からクルエラを見つけ、表情が動いた。
点滴を付けたまま、箱から出ようと扉の下をガリガリと掘っている。
敷いてあったシートがボロボロになった。
そうこなくっちゃ、グレース
点滴を外してもらって箱からヨロヨロと歩み出たグレースは、
これでもかと言うくらいガブガブと水を飲み、
安心したのか、病院の廊下で我慢しきれずに眠った。
連れて帰ってもいいと言われたので、発作が起きないような注射をしてもらい、
発作を抑える薬を1週間分もらう。
結局どうしてこうなったのか、原因はわからなかったが、
ともかくグレースを家に連れて帰り、ゆっくり休ませてあげたかった。

長い夜だった。
家に戻ると、また歩けなくなった。
両目蓋が腫れて下の目蓋が垂れ下がり、セントバーナードのように瞬膜が見えている。
これは発作を抑える注射の作用で、筋肉が弛緩するかららしい。
まるで別犬の顔。大丈夫なのか、グレース?
グレースはいつも庭に出てオシッコをしている。
最初は庭に運び出してオシッコをさせていたが、夜になり暗くて危ないので、
ペットシーツを敷き、抱きかかえて移動してさせた。
ちゃんとお座りは出来ない。伏せのような姿勢で。
オシッコしなさ〜い。ここでしていいんだよ〜。耳元で囁く。
できた、グレース!お利口さんだね〜。
鶏のササミを食べて、ともかくお水を沢山飲んだ。
オシッコがしたい時すぐさせてあげられるように、自分は一睡もしなかった。

25日午前5時、意識が朦朧としているようで、名前を呼んでも反応がない。
夜中に救急病院に電話で確認した時は、
薬のせいなので吐いたりしなければ大丈夫と言われていた。
だけど、どうしてこんなに反応がないんだ?
呼吸も弱くなって来たような気がする。
もう絶対からかったり悪戯もしない、嘘をついたり悪口も言わないから、
どうか死なないでくれと、クルエラ泣き喚く。
ややもすると、なぜか突然グレースが目覚めた。
そしてレバーを煮たものをあげると、バクバクと往年の勢いで食らいつく!
なんだよ、グレース。寝てたのかよ。心配したじゃないか〜。
いつもは食べない犬が羨ましいなどと言っていたが、
食べてくれるってなんて素晴らしいことなんだろう!
もっと食べろ、もっともっと食べろ。
これならきっと大丈夫。グレースは死なない。
7時頃には立ち上がろうとして、支えてあげるとヨロヨロと歩いた。
庭に下ろしてあげて、庭でオシッコをした。

25日午前10時、かかりつけの獣医さんに行って、経過を説明する。
また心電図と血液検査。2時間かけての点滴。
グレースは点滴中、大人しく眠っていた。
自分もグレースの体を触りながらウトウトする。
かかりつけの獣医さんには、ナトリウムとカリウム・カルシウムのバランスが崩れて、
足元がフラフラしているのかもしれないと説明される。
多飲多尿でバランスが崩れたらしい。
点滴を続けることで改善されると言われ、一安心。
発作は心臓から来るものか、脳から来るものか、実際の症状を診ていないので判断出来ないが、
発作を抑える薬を毎日飲むよりは、月に一度の頻度で発作が起きる場合の方が、
犬にとってダメージが少ないと言われ、薬を飲むのはやめになった。
とりあえずフラフラの原因がわかり、スッキリした気持ちで帰途につく。
あとは点滴を毎日2時間しに行くだけ。
そうすればまた元の元気なグレースに戻るんだ
この時点で、自分はそうすっかり信じ込んでいた。

が、午後3時に家に戻りしばらくすると、あんなに飲んでいた水を飲まなくなった。
グレースの好きな食べ物を口元に持って行っても反応がない。
なんでだ?
一度立ち上がろうとしたので、支えてあげたがオシッコはしなかった。
呼吸が早いような気がする。歯茎の色も悪いような・・・。
でもかかりつけの獣医さんでちゃんと診てもらったのだし、
心電図だって血液検査だって、そんなに悪い数値は出ていなかったのだ。
先生は油断は出来ないけど、よくなるって言ったじゃないか。
熱を計ってみる。9度5分。ちょっと高い。体を冷してあげる。
獣医さんに電話をするが通じない。また救急病院?イヤだ。他の病院?
母はもう連れ回すのは可哀想だと言う。
段々と熱は8度8分まで下がった。
が、グレースの意識は全く無くなって行った。
呼んでも呼んでも反応が無い。
今度もまた持ち直してくれるのだろうか?
このままにしていていいのか?
病院に連れて行ってそこで死んでしまったらどうする?
可哀想すぎる。家で看取ってやりたい。
あの時こうしていたら、あの時こうしていなかったらという思いで、
胸が押し潰されそうになり、頭の中がグルグルになる。
頑張れ、グレース頑張れ!!
グレースが死ぬわきゃないじゃないか!

そうしている内に、グレースの呼吸が深くなって行った。
涙ながらに大きい声で名前を呼ぶ、
大好きなボールをピーピーと鳴らす。
グレースの大好きな食べ物の名前も言ってみる。
ダメだ・・・。
呼吸の間隔がゆっくりゆっくりとなり、
午後9時35分、最後に前足を3回ギューっと伸ばしてグレースは逝った。
グレース、グー子、グーちゃん・・・。
何でこんなに急いで逝ったんだ・・・・。
クルエラを置いていくなんてひどいじゃないか・・・。
私の犬。
私の可愛いグレース・・・。

昨晩はグレースと初めて一緒に寝た。
生きてる時はイヤがって一度も一緒に寝てくれなかったけど、
今度はどんなにイヤでも逃げられないんだぞ。

今グレースは皆さんから送って頂いた沢山のお花と、
お誕生日にプレゼントして頂いたおもちゃに囲まれて、
眠るように横たわっている。
何回見ても眠っているようにしか見えなくて、
つい、いつものように頬にキスをしてしまう。
前はイヤそうな顔して私を見てたのに、今は目を閉じて大人しくされるがままだ。
そしてキスの感触は冷たい。